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杉田かおるがASKA容疑者や成宮寛貴と恋人役で共演していた!どんなドラマだったの?

ワイドナショー12月4日(日) の放送で、女優の杉田かおるさんが今話題のASKA容疑者や成宮寛貴さんと恋人役で共演したことがあるそうです。

どんなドラマや舞台だったのか気になったので調べてみました。

杉田かおるとASKAが共演したドラマは、日テレSPドラマ「友よ」

1984年11月7日に放送された、 西武スペシャルドラマ「友よ」で、ASKA(飛鳥涼)はドラマに初挑戦だったようです。

どんなストーリーだったの?

ASKAの初出演ドラマ。烏丸せつこ主演。ちあきなおみ、杉田かおる他。
簡単に言うと、偶然知り合った6人がレースチームを結成して、女性レーサーを大会に出場させようと奮闘するお話です。

飛鳥はそのチームのメカニックで、元は腕のいいレーサーでした。メカニックとしての腕も一流なのですが、現在はあまり仕事がなく、酒ばかり飲んでいる少し間抜けな役をしています。

演技の方は、まああんなもんでしょう。思ったより自然で上手かったです。ただ、何もせず台詞もないシーンでは、少し居場所がないような感じがしました。

彼の居たたまれない気持ちが観ている方にも伝わってきます。ただ、ここに出てくる女性レーサー(本物のレーサーなので役者ではない)の方が演技は下手なので、飛鳥の演技はそれほど目立ちませんでした。

むしろメインキャストの中ではただ1人の男性なので、存在感はあります。頼れる雰囲気があふれているのもいいですね。つなぎ姿の飛鳥、かっこいいですよ。

出典:http://chagexaska.fc2web.com/dvdname/tomoyo.html


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放送当時のエピソード

このドラマのスタッフが五郎の役は普通の役者じゃつまらないと悩んでいたらしいのですが、コッキーポップのスタッフが「飛鳥にやらせたらおもしろい」みたいな案を出したそうです。
そんなわけでドラマの話がASKAさんにやってきたわけですね。
でも、うまくはできないから期待はしないでと、当時の会報「博多っこ」で言っていたみたいです。
あと、ラブシーンがなくてがっかりとか(笑)
私たちからしてみれば、杉田さんを抱きしめるシーンだけで充分ですよASKAさん!

いろいろ学ぼうと思って、ロケに入ってからすぐにスタッフとも仲良くして、夜遅くまでスタッフの演技論を聞いたりしていたそうで、昔からとことん突き詰めるタイプだったんですね♪
おかげでみるみる上達していったらしく、台本読み合わせのときは、この人本当にやっていけるのかしらって鳥丸せつ子さんに思われていたらしいですが(笑)、安心して見ていられるようになったと言われたみたいです。

ケンカのシーンではけが人も出てしまったとか。
ASKAさんの勢いがすごかったのか、杉田さんがすごかったのか(笑)

この頃ちょうどCHAGEさんは石川優子さんとふたりの愛ランドで売れていたので、ロケ中に「歌やめちゃったのかよー」という野次も飛んだりしてつらい思いもされていたみたいですね。

出典:http://ameblo.jp/toi0825/entry-11907891761.html

私は全然知らなかったのですが、杉田かおるさんとASKA(飛鳥涼)は過去に熱愛報道もあったそうです。

“おしゃべり飛鳥”と杉田かおる泥酔○○の過去

杉田かおると成宮寛貴が舞台で恋人役を共演

2005年のKITCHEN キッチンという舞台で恋人役で共演されていたようです。

成宮寛貴、勝地涼、高橋洋、須賀貴匡など若手俳優を迎えて贈る、蜷川幸雄演出の感動の舞台。
イギリスの劇作家アーノルド・ウェスカーによる現代演劇の傑作。
レストランの厨房を舞台に、コックやボーイ、ウェイトレスたちが織り成す友情や恋など、様々な人間ドラマが繰り広げられる。

杉田かおると成宮寛貴が恋人役の舞台キッチンの動画

杉田かおると成宮寛貴が恋人役の舞台キッチンのyoutube動画です。

杉田かおるさんのプロフィール

本名 橋本 薫(はしもと かおる)(結婚前本名)
結婚後本名は非公表
生年月日 1964年11月27日(52歳)
出身地 福岡県生まれの東京都新宿区出身
身長 157 cm
血液型 B型
学歴 明星学園高等学校中退 → 日本放送協会学園高等学校(NHK学園高等学校)卒業
職業 女優、歌手
ジャンル テレビドラマ、映画
活動期間 1972年 –
配偶者 鮎川純太(2005年1月 – 8月)
一般男性(2013年12月 – )
事務所 オラクル企画

  • 7歳時に初めてテレビドラマで台詞のある役をもらった『パパと呼ばないで』で「チー坊」役を演じて「天才子役」と謳われる。
  • 13歳にして個人事務所を設立し、アイドルとして売り出すもののわずか一年で事務所が解散。借金300万円を背負う。
  • 1979年から1980年には『3年B組金八先生』(第1シリーズ)にて妊娠する中学生を演じて話題に。
  • 1980年には『池中玄太80キロ』に出演し、三度話題を集める(ちなみにドラマも大ヒット)。そして挿入歌として歌った「鳥の詩(とりのうた)」をリリースしたところ、こちらもヒット。
  • 1981年に映画『青春の門』でスクリーンデビュー、翌1982年には『青春の門(自立編)』でヌードを披露。
  • 2000年頃からは、それまでほとんど出演しなかったバラエティー番組に進出。『わらいのじかん』などに出演し、毒舌キャラが人気となり、ブレイク。無頼派タレントの異名を取るようになり、出演番組も激増する。
  • 2004年8月21日 – 8月22日に放送の日本テレビ「24時間テレビ」で24時間チャリティーマラソンに挑戦。女性としては2001年の研ナオコ、2002年の西村知美、2003年の山田花子に次いで4人目だった。
  • 2005年1月11日に、日産コンツェルン創始者・鮎川義介の孫である鮎川純太(テクノベンチャー会長兼社長)と結婚、1月13日にマスコミ各社にFAXで発表した。
  • ワイドショーは「セレブ婚」と騒ぎ立てたが、結婚生活は順調とはいかず、同年6月30日に夫が離婚を決意したと報じられた。杉田は「離婚は誤報」と生放送で語ったが、2005年7月25日に関西のローカル番組で、芸能ジャーナリストの井上公造が鮎川が家庭裁判所に離婚調停を申し立てたことを暴露する。結局、結婚から7ヵ月後の2005年8月11日に離婚。
  • 2005年頃からは再び女優としても活動。
  • 2006年11月23日に『ザ・ワイド』生放送中の日本テレビのスタジオに乱入。司会の草野仁を殴ろうとしたがマッチョな体型を見たためやる気をなくし結果未遂に終わっている。
  • 2013年、建築関係の博士号を持つ会社員で6歳年下の一般男性と半年の交際期間を経て年末に12月26日に再婚。療養中の実母と夫と3人で神奈川・湘南に住み、畑で農作物を育てながら生活しつつ、女優業にも意欲を示している。