チャンス青木さんが死去|ナイツ漫才でお馴染みの理事の死因とお別れの会は?
2017/01/08
お笑いタレントで、漫才協会の理事を務めるチャンス青木さん(年齢非公表)が先月28日に死去していたことが6日、分かりました。
漫才協会によると、先月22日、東京・浅草公会堂で行われた「漫才大会」では元気な様子を見せていたが、同26日に体調を崩し、28日、都内の自宅で亡くなったそうです。
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チャンス青木さんの死因は?
11月22日、東京・浅草公会堂で行われた「漫才大会」では元気な様子を見せていたそうです。
11月26日に体調を崩し、28日に、都内の自宅で亡くなったことを考えると死因は、持病があったのか、この時期に多いヒートショックでしょうか?
チャンス青木さんのお別れの会はいつ?
葬儀・告別式は近親者で行ったそうです。
「お別れの会」は来年2月、「W一門」が中心となり東京・足立区内の青木さんゆかりの施設で執り行う予定。
チャンス青木さんのプロフィール
本名:青木博志
出身地:熊本県熊本市出身
学歴:熊本県立済々黌高等学校、西南学院大学経済学部卒業
生年月日:公表されていません。
家族:既婚
職業:漫才協会所属のお笑い芸人。漫才協会理事。
2008年1月に青木チャンスから「チャンス青木」に改名。
青木さんは、大学卒業後、一般企業に入社し、退職後の1972年に元「Wけんじ」の宮城けんじさん(享年81)に弟子入り。
77年に斎藤チャンスと「Wチャンス」を結成した。
2002年に漫才協会の理事に就任(漫談からの選出は青木さんが初めてだったそうです)
お笑いコンビ「ナイツ」のトークネタでおなじみの理事
テレビなどの出演はほとんどなかったが、「浅草の師匠」の代表格として、お笑いコンビ「ナイツ」のトークネタでたびたび登場。
漫才協会の若手指導役として、後輩からの信頼も厚かったそうです。
チャンス青木さんなど漫才協会の話が出てくるナイツのネタ
芸人仲間からのお悔やみツィート
訃報です。
チャンス青木師匠が亡くなられたそうです。
あのいつもハイパーなチャンス師匠が…信じられません。御冥福を心よりお祈り致します。
僕が漫才協会に入って以来、ずっと変わらず気に掛けてくれて、本当に有難うございました。
木曽さんちゅう
— 木曽さんちゅう (@kisosanchu1) 2016年12月5日
漫才協会でお世話になっていたチャンス青木師匠がお亡くなりになりました。
僕らが漫才協会に入った4年半前から舞台袖で僕らの漫才を見ては楽しんでくれていました。
「もっと自由に暴れて漫才協会を盛り上げていってよ!」と言ってくれていた師匠でした。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。— 新宿カウボーイかねきよ勝則 (@kanekiyo1) 2016年12月6日
↑ 向上委員会のモニター芸人のひとりですね、赤いスーツの胸ポケットにいつも、ボールペンと思われるグッズを入れている人です。